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約一ヶ月っすね

April 9, 2011

模型Rです!
まだ生きてました。


3.11より一ヶ月。
周りのほとんどの方々も無事が確認できたというところで、やっと少しだけ書く気にもなってきました。

余震もハンパじゃなかったっすね!


仕事も今できる範囲でしかやれないけど動き出し、家はないが生活らしくなってきつつあります。
(まあ、パッと見ここらは最近あったかくなってきたのもあるし、平和に見えてきてるんですが、昨日会社前の小さい川に、○○が下流から流れてきました・・・。)


たくさんたくさんたくさん!書きたいこと・言いたいこと・反省したこと・物申したいこと・・・めちゃくちゃありますが、今回はやめときます。


皆さんも同じだったと思いますが、最初の一週間はどうなるかと思いましたね。

暖を確保したり、情報収集したり、安否確認したり、燃料・食料・水を求めて徘徊したり、放射線量を確認したり、治安の悪さにビクビクしたり・・・。

ボクは会社にいましたが、我がアパートはすっかり諦めて、見に行くにもかなり困難だったので、10日間は車に寝て過ごし、様子を見に行くことすらしませんでした。行ってもしゃあないっしょって。


二日目の、水が少し引いたタイミングで、沿岸のじいさん宅へ。
警察の目を盗んで裏道裏道で、最後はチャリで水の中をなんとか通行できる道を探し探しで到着。
どこがどこなのかもわからず、進めば進むほど水だらけだし、津波がまた来るかもというのと、果たして生きてんだろか・・・というので、ドキドキしました。

孤立していたじいさん・おばさん・いとこ家族・犬を救助に成功。

そこからしばらく実家で11人暮らし。

五日目くらいからは、関東の友が鬼のような量の物資を運んで来てくれた。ありがとう。しかも二度も。
アンタいったいいくら金使ったんだ!?不足してる中よく買い揃えたもんだ。(3日かかったらしいけど)

トラック二台分程の量だったので、もちろんボクが全部備蓄してるわけにもいかず(汗)
住家がなくなっただけで、比較的生きてくにはたいして困ってなかったので、やはりもっと困ってる人達にだろう・・・と。
毎日県内沿岸をまわり、物資輸送。

岩沼・名取の避難所関係、身近な人で家がなくなった人達にも直接配達。
鳴瀬・石巻方面、七ヶ浜・多賀城方面、最後は気仙沼まで行ってきました。


状況については、もういいでしょう。申し訳なくて画像も撮る気にもなんなかったです。


10日目くらいに我が家へ。出せる荷物は片っ端から全部出してきました。
(昼間っから外にはなぜかゴルフクラブ持ったにーちゃんがキョロキョロうろついてたりしたわけですが・・・。)

何度か我が家周辺の画像くらいだけはせめて撮ろうと試みましたが、やっぱりできず。


しばらく経って道路もだいぶキレイになった頃にやっとそんな気にもなってきました。

忘れないためにと。

我が家周辺であった空港近辺

見てのとおり日が経ってるので、道路だけは既にめちゃくちゃキレイに片付いています。
さすが空港。さすが米軍・自衛隊。


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もっと沿岸側から空港方面を眺めると、逆にほとんどまっさらで、砂浜に。

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松林の間を通ってる浜街道は、道路っつーより・・・。

タイヤが埋まりそうだったのでこれ以上行かず。


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我が家へ近づくにも瓦礫で道が塞がれ、どの道もダメ。

いろんな道をトライして少しづつ接近。


何があってもぜんぜんおかしくないので、あまりキョロキョロせず(汗)


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ありましたありました。たまたま軽量鉄骨だったのが運が良かったっつーか。

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周りにはたくさん木造の一戸建てがあったんですけどね。

みんな基礎しかないですm(__)m


ほんと良いとこだと思い、毎年部屋から松林越しの初日の出が楽しみでしたが、

今はなぜか水平線まで見えるようになりました(汗)


お向かいのオウチのおじさんが、夏になると風呂からデカイ声で気持ち良さげな歌が響いてましたが、
家の形どころの話じゃないっすね(タラ)

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YOUTUBEはだいぶ削除されてるようですね。
ウチのあたりは、大変だったけどまだまだマシだと思います。
興味本位で見てる人達はどうかと思うけど、記憶にしっかり残しておきたい人は多少見てみるのもアリかもしれないですね。

あんまり強くない人は、海外ニュースの画像とかはやめといた方がいいかと。

ボクは運良く津波を目の当たりにしてないわけですが、残骸になった我が家に行くと、いったいココで何があったのか、さっぱり想像もつかんです。

一階が骨だけ、二階はベランダがひしゃげ、サッシがまるごと部屋に飛び込んでて、知らん家の瓦がなぜか部屋ん中にたくさん。階段の踊り場も骨がなくなり、斜めに落ちかかってるし。どうなってんの??


天災だから誰が悪いわけでもないし、どうにもなんないことですけどね。


いい経験させていただきました。


いろんな人間も見させていただきました。


まだまだ言いたいことはたくさんあるけど、まだまだ苦労してる方々もいるのでね。


一言でまとめて言うとすれば・・・。


日本人!自分も含めて、いいかげん目を覚まさんといかんだろう!!??

反省して、1から考えないといかんのでは?? 必要なことと、無くても構わんことがハッキリ見えたと思わんか??


なんか日本人一人一人がみんな何かをマジメに考えなきゃいけない気がしてます。


復興復興と前を見て という考え方に切り替えてく流れは悪くないと思うけど、


そのためには、まず何か今までのやり方を考え直してから動かないと、とても時間がかかる気がする。
ここらで今までの感覚を切り替えないと、また何かデカイ難題にぶつかってアウトでしょ。


少なくともボクは今回そうしみじみ感じました。

お気を悪くした方がいらしたらスミマセンm(__)m

まだまだ揺れも続いてるし、その中で皆さんそれぞれ少しづつやらなくてはいけないこともやってかなくてはいけないのですが、どうか今後も気をつけて生活してください。

ビビらせるつもりはないですが、コレでお終いとは誰も言ってないですから。

個人的には、今までのような日本に戻らなくても構わないと思ってますが、
もっとユルく、もっとみんなが暮らしやすい国に成長してくれることを望みます。


GOOGLEで一時、世界中にボクの安否情報が飛んでたらしいですね。
タイからも国際電話が来ましたw

いろんな方に心配していただき感謝しております。

模型Rでした~。


Date : April 9, 2011 12:58 AM

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